物質はすべて水素や炭素などの分子からできています。その分子は複数の原子の結合によって、さらに原子は中心の原子核の周囲に電子が束縛されることによって構成されています。実はその原子核ももっと小さい物質から構成されていて…。このように、物質を構成する最小の構成要素まで遡ることが出来ます。素粒子とは、その最小の構成要素のことを指します。高エネルギー物理学とは、素粒子の仕組みや物理法則を巨大な「顕微鏡」、加速器を使った実験によって解き明かしていく学問です。
現在では、原子核を構成する陽子や中性子も、クォークと呼ばれるさらに小さな粒子からできていることがわかっています。現在私たちが素粒子と呼んでいる電子やニュートリノやクォークは、その大きさが100京分の1(10-16)m以下であることがわかっています。原子を野球場の大きさとするならば、素粒子はピンポン球ほどの大きさということになります。このような極微小の世界を探るには、とても性能のよい顕微鏡が必要です。今日、顕微鏡は光だけでなく粒子を使ったものも使われるようになり、素粒子のスケールのミクロな世界の秘密に迫ることができるようになりました。その"顕微鏡"を私たちは粒子加速器、または加速器と呼んでいます。いわば究極の顕微鏡です。加速器では、電子や陽子などの粒子を高いエネルギー同士でぶつける衝突反応を用います。高いエネルギーで衝突させることで、粒子の内部構造を見ようとしているのです。時計を2つぶつけて壊し、中の部品を取り出して観察するのをイメージすると分かりやすいかもしれません。このため、素粒子物理学の実験的な研究は高エネルギー物理学と呼ばれています。
では、どのくらい高いエネルギーが必要なのでしょう。そもそも、「エネルギーが高い」とはどういうことを指すのでしょうか。
エネルギーの単位でよく知られるのは「1gの水を1℃上昇させるのに必要なエネルギーが1カロリー(cal)」ということですが、これを電子ボルト(eV)(注*1)という単位に直すと「1cal=2.6×1019eV」になります。とても大きな数字ですね。しかし1gの水には非常に多くの水分子が含まれているため、水分子1個あたりに与えられるエネルギーはたったの10-3eVにすぎません。ですから、日常生活で体験する現象は大きなエネルギーを持っていても、物質を構成する粒子1個あたりのエネルギーはとても小さい=低エネルギーの現象なのです。一方、素粒子の世界を探るには、衝突反応を起こす粒子1個あたり10GeV~1TeV(100億eV~1兆eV)といった大きなエネルギーが必要になります。
高いエネルギーの粒子どうしが衝突すると、実は、物質の極微の構造が明らかになる以外にある現象が起こります。アインシュタインの相対性理論が明らかにしたことの一つに、「エネルギー=質量×(光速の2乗)」というものがあります。エネルギーと質量は等価。それはつまり、衝突反応によって生じた高エネルギー状態から、様々な粒子が新たに生み出されるということです。
左の図は、高いエネルギーの粒子同士が衝突反応を起こした直後の様子です。画面の手前と奥からそれぞれ飛んできた2つの粒子が図の真ん中で衝突し、赤の曲線や緑の線で記された粒子が生成され、飛び出している様子を表しています。
ビッグバン直後の初期宇宙は、現在の宇宙に存在する物質全てがとても小さい領域に閉じ込められた非常に高温の(=エネルギー密度が高い)状態にあったと考えられます。そこでは、上の図のような高エネルギーの粒子衝突反応が頻繁に起きていたと思われます。その際につくられた大質量の素粒子は現在の宇宙には残っていません。しかし、高エネルギー粒子衝突実験では、そうした宇宙初期に存在した素粒子を再び作り出してその性質を調べることができるのです。
高エネルギー物理学実験では、加速器を使って電子や陽子などの粒子の集団を加速して高エネルギー粒子のビームをつくり、このビームを衝突点に導いて衝突反応させます。反応によって生じた粒子をのがさず捉えるために衝突点の周囲には粒子検出器を置き、その信号を高速エレクトロニクスとコンピューターで記録、解析します。こうした高エネルギー加速器や粒子検出器システムはとても大規模であり、たくさんの研究所や大学機関が一丸となって国際共同実験という形で1つのプロジェクトを遂行しています。奈良女子大学を含めた世界中の各大学では、粒子検出器やそのエレクトロニクスの試作品の製作と試験、あるいは蓄積したデータの解析を共同研究者たちとコミュニケーションをとりながら行っています。